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LISAの辛い時期や成功の秘密は?エピソード!浅田真央と対面動画

LISAの辛い時期や成功の秘密は?エピソード!浅田真央と対面動画

鬼滅の刃で大ヒットとなった、紅蓮華LISAの辛い時期や成功の秘密は?

またエピソードについて、情報をまとめてみました。

また浅田真央と対面動画も紹介します!!

LISAが浅田真央と対面動画!

LISAの辛い時期や成功の秘密は?

浅田真央さんのソチの時の演技を見て、感動したLISAさん。自分にもこんな時がくるかもしれない。

自分と重ねて、腐らずに、粘ってねばってがんばろうと思えたのでしょうね。

LISAさんの生きる希望、夢を見させてくれる存在となった浅田真央さん。確かに、そのひたむきな姿に多くの人が感動しました。

LISAの苦しかった過去のエピソード!

LiSAの軌跡は、まさにシンデレラストーリーと言える。

けれど過去を振り返れば、挫折、挫折、挫折。「音楽の女神」にずっと、フラれ続けてきた半生だった。

ミュージカルの学校に通い、歌が大好きだった小学生時代。SPEEDに憧れ、ダンススクールのオーディションを受け、合格した。

スクールは親元から離れ、遠方に行く本格的なもの。

「母親に『本気でやりたいんだったら、ちゃんとやっていらっしゃい』と言ってもらい、ホームステイみたいな感じで。違う土地で生活するのは楽しそうって感覚がありました」

スクールがある土地の学校に通い、放課後は歌とダンスを学ぶ。自分のやりたいことがやれる日々は楽しかったし、プロのミュージシャンを目指す毎日は輝いていた。

けれど中学2年生の頃、あることに気づいてしまう。

「スクールでは定期的に歌披露の機会があって、そこでレーベルの目に留まるとデビューできるんです。その時に見てもらっているものが自分の音楽ではなく、商品価値があるかなんだと気づいて。何のために頑張っているんだろうと一気に冷めてしまって」

周囲のレベルの高さに、デビューが厳しいと感じている自分もいた。結局、母に「芸能界は諦める」と約束して、岐阜に戻ってきた。

それでも自分がどれだけできるか試したくて、東京の事務所のオーディションを受験し、合格する。

「もう1人女の子も合格していて。2人で多分ユニットを組ませたかったと思うんです」

これでデビューできる。音楽の仕事ができる。そう思っていた。

けれどデビューには事務所だけでなく、CDを出すレーベルとの契約が必要で、そのために再び、数多くのオーディションを受けなければいけなかった。

「その頃の私はよく分かっていなくて、もうデビューできるものだと思っていました。1か月に1回東京に来て、ボイトレとダンスのレッスンを受けながら、オーディションをいっぱい受ける。デビューまだかなと待っていたら、いつの間にか1年が過ぎていて…」

手が届きそうで届かないデビュー。先が分からない中での努力。ダンス熱はどんどんと冷めていき、事務所との契約も切れた。

そんな時、学校の一つ上の先輩から「卒業ライブで1回バンドで歌ってくれない?」と誘われて歌うことになった。デビュー間近までいった、いわばセミプロ。当然、歌はうまい。

「だから、地元では『あいつ、歌えるらしいよ』と知られるようになって(笑)」

高校に入ると歌って踊る、これまでやってきた音楽とは違う、バンドでの音楽に一気にのめり込んだ。

LiSAの青春は全てバンドに捧げられた。学校はそっちのけ。ライブをするためにバイト。そしてまたライブ。その繰り返しで日々は過ぎていった。

「ライブに出るとチケットのノルマがある。でも友達は毎回来てくれるわけではないので(笑)。リハ代もかかるし、ライブをするにもチケットを売りさばけない分、自分たちで会場代を払わないといけなくて、そのためにバイトをする。そういう生活を高校から20歳までやってました」

オリジナル曲を持って、東京や大阪でライブを行い、長野で開催されたフェスにも参加した。プロになれる。デビューができるかもしれない。そう思っていた。

けれど、他のメンバーたちはより現実を見ていた。高校を卒業後に就職し、趣味でバンドができればいいと考える社会人となったメンバーとLiSAとの間にずれが生じてきた。

結局バンドは解散。青春を全て費やしても、音楽の女神を振り向かせるまでには至らなかった。

「でも私は、これまでの自分の軌跡を振り返った時に、音楽しかやってきていなくて、歌しかやってきていなくて。勉強もしないでバンドをやってきて。自分が人生を賭けられるとしたら歌しかないと思っていました」

音楽には何度も裏切られてきた。それでも、もう音楽しかなかった。

年齢は20歳。ラストチャンス。「自分のやってきたことに価値をつけたくて」東京行きを決意した。

岐阜に戻った時に交わした「芸能界を諦める」と言う約束もあり、母は猛反対。家出同然で上京した。帰る場所はなくなったが、人に何を言われても止まれなかった。

東京でもライブ活動をしながらチャンスをうかがった。上京前に貯めた100万円はあっという間に底をついた。朝から夜まで3つのバイトを掛け持ちし、その後スタジオに入って練習した。部屋には布団一枚があるだけだった。

必死に頑張って、チャンスを探したけれど、東京ではその欠片すら、なかなか見つからない。

「オーディションって、年齢制限が低いものばかり。だから受けられるものがすごく少なくて。受けられるもの全部に送っても、音楽はあって1つか2つ。すごく希みが薄かったので、とにかく自分が必要としてもらえるところに送ってみました」

当時のLiSAのブログを見ると、明るいことを書いていた翌日に、絶望的な気持ちをつづる。常に自問自答をする日々だったことが伝わる。

「最終的に自分が必要とされる場所があれば、趣味で歌を歌うのもいいと考えて、とにかく『やれることは何でもやります』となって。受けられるものは全部受けました」

実際、音楽以外のもので合格したものもあった。けれど音楽を諦められない自分がいた。そんな時に見つけたのが「Girls Dead Monster」(ガルデモ)のオーディションだ。

2010年に放送されたテレビアニメ『Angel Beats!』に登場するバンド「Girls Dead Monster」の2代目ボーカル・ユイの歌部分を担当(声優は喜多村英梨)する仕事だった。

アニメとは正直、縁遠いとは思った。けれど抵抗感はなかった。

「歌えることもあったけど、キャラクターがバンドだったことがすごく大きくて。自分に全くわからないことだったら、すごく不安だったと思うんですけど、バンドという共通点があって、これだったら私にもできるかもしれないと思って」

オーディションには合格。やっと音楽の女神の後ろ髪をつかむことができた。その手を離すわけにはいかなかった。

引用:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181216-00010002-bfj-ent&p=3

LISAさんは現在32歳。

歌手ででるには、結構年齢がいっているなあという感じですが、10代から20代、ずっと芽がでなくても、やり続けてきたことで今があるのだなと思わされますね。

そして、こんなに頑張っているのになかなか成功しない辛い気持ちの時に、浅田真央ちゃんの姿を見たのでしょうね。

LISAの動画

LISAと浅田真央の対面!ネットの反応は?

LiSA感動したし、私も浅田真央好きだから、共感がすごい
真央ちゃんとの初対面は感無量でしたね、見とる僕も胸にきまし
成功の遺伝史見てる~ LiSAちゃんも真央ちゃん好きだったのか~ なんか嬉しいな~